母が脳梗塞を発症しました
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最終更新日:2020/02/26
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2020年1月31日、母が変なことを言い出しました。
朝7:30に朝食を食べたばかりなのに朝食を食べようと言い出して…。
そして昼食も同じようなことを。
さらに夜になると、母の母親がこの家に住んでいると言い始めて。
私は「母が完全に痴呆症になった」と思い込んでしまい、翌朝市役所の福祉課に相談しに行きました。
ケアマネージャーが現れそれまでの流れを伝えました。
するとこう言われたのです。
「急におかしなことを言い始めたのは痴呆症とは違うような気がします。とにかく紹介状を書くので大至急済生会へ行ってください。」
実は痴呆症ではなく、脳血管障害の可能性が高いと言われたのです。
正直、ビックリしました。
手足が動かないとかロレツが回らないならすぐに発見できたのですが、まさか脳血管障害の可能性があるんなんて。
済生会で脳のMRIを撮ってもらったら、すぐにわかりました。
認知をつかさどる脳の視野が真っ白になっていたからです。
私は十数年前に脳内出血を発症し、その時右片麻痺を発症しました。
そんな私が母の脳梗塞の症状を発見することができなかったんです。
姉や親族は「わからなくて当然だよ」と言ってくれますが、ある程度脳血管障害の知識を持っていた私が見誤るなんて…。
その日から10日間、約2時間かけて点滴を打ち続けました。
入院も考えましたが母は85歳と高齢のため、自宅から通うことを選択しました。
※場所が変われば余計に興奮するからです。
その日から1週間は本当に大変でした。
○朝晩が逆転してしまい、夜中の3時頃に目を覚まし母が母親を探しに行こうとする。
○私(息子)が2人に見えるらしく、部屋中を探し回る。
○昔勤めていた会社に行こうとする。
○孫たちが布団の横に座ってジッと見つめている。
母と私は2人で住んでいるため、母の幻覚に付き合う度に私自身もおかしくなりそうでした。
それから姉貴夫婦が大阪から来てくれて、扉に二重のカギを付けてくれました。
脳梗塞が発症して、約1ヵ月が経とうとしています。
今でも幻覚はありますが、だいぶんマシになったような気がします。
3ヵ月程度経過したら、ある程度幻覚や幻聴が改善するとも聞いています。
どうなるかわかりませんが、これからも母の動向を見つめていきたいと思っています。
ちなみにいつかは認知症になるかもしれないと実家に帰省しましたが、こういう結果になって非常に残念に思っています。
そして改めて介護をしている方の気持ちが、痛いほどわかりました。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


