脳内出血とうつ病と自殺について
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最終更新日:2020/01/27
脳内出血体験談
私自身、脳内出血になって手足が動かないことを知った瞬間、ある想いだけがずっと脳裏をよぎっていました。
それは「こんな身体なら早く死にたい」の一言です。
「家族に迷惑が掛かる・会社を努められなくなる・生命保険が出る・分譲マンションがタダになる」
そんなことばかり考えていました。
脳血管障害を発症した患者の大半は、一瞬でも自殺のことを考えたことがあると思います。
いや絶対にあると断言できます。
何故なら脳内出血発症直後は、精神が不安定になり自分自身の置かれた状況に不安しか感じることができないからです。
では精神が不安になる症状の原因は、いったい何がそうさせているのでしょうか。
実は脳内出血を発症すると、ほとんどの患者がうつ病を発症してしまうからです。
ということで今回は脳内出血の発症後1年以内にうつ病の原因によって、自殺した患者のリスクが高まる傾向にあることについて説明してみたいと思います。
うつ病を発症すると、誰もが「頑張らなければいけない」と思ってしまいます。
しかし実際は動くこともできず苦しみに追い詰められ、究極の選択として自殺をしてしまうのです。
私の場合、脳内出血が発症して約2週間経った時、医師にこう告げられました。
「○○さんの右の両手足は一生動きません」と…。
それまで私は漠然とですが、必ず健康体に戻ることができると思っていました。
それは脳内出血がどんな症状を引き起こすか知らなかったからです。
そして医師に宣告を受けた時から、激しいうつ病に襲われたのです。
もう死にたい死にたいと考えてしまって、、、まさしく重度のうつ病の症状です。
実際に、同部屋の方が命を絶たれました。
この時はショックが大き過ぎて何も考えられなくなっていました。
では、何故私が自殺をしなかったのでしょうか?
やはり家族の存在が大きかったと思います。
私は脳内出血を発症した時、まだ37歳でした。
この時、すでに私には長男と長女がいました、4歳と2歳です。
死にたいという思いがある一方で、幼い子どもたちの笑顔を見ると、どうしても生きていたいという葛藤が沸き上がっていたからです。
しかも脳内出血の本を読んで、現状を把握することができたことも大きかったと思います。
「まだ私なんかラッキーな方で、重篤な方なら両手足麻痺の寝たきりで身動きできない方もいる」ことを知ったからです。
言葉は悪いかもしれませんが、私より重篤な方は大勢いることがわかって立ち直ることができたのです。
もちろん、うつ病も徐々に収まってきました。
脳内出血でうつ病を発症し自殺をしてしまう…依然として多いのは事実です。
でもうつ病を克服するには、家族のサポートが必須なのです。
大変だと思いますが、家族の助けがなければうつ病を克服することはできないと思います。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


