母がグループホームに入所しました。
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脳内出血体験談
ケアマネージャーや家族や親族の助言によって、母をグループホームに入所させることになりました。
この助言はすべて私のためだと思っています。
始めは「俺一人でも絶対に認知症の母親を介護できる」と思っていたのですが、なんてことはないストレスから私が脳梗塞になってしまったからです。
※私の身体が第一だと思っての助言に他ありません。
では実際に母をグループホームに預けて、何がどう変わったのでしょうか?
まず私自身がストレスフリーになりました。
考えてみれば母と一緒に同居している時は、毎晩のように徘徊がありました。
夜中2~3時起きて玄関を開ける(5つの施錠もクリア)。
でもって長い時は1時間以上徘徊…右片麻痺の私はジッと玄関先で待つことしかできませんでした。
※母は認知症でしたが、身体はすごく元気でした。
もちろん待っている時間も、それ以降も寝ることができなくなっていました。
睡眠時間が2~3時間の毎日、さらにストレスが加速し母親を恫喝するようになる私。
※母は耳を遠かったため、いつのまにか大声をあげなければいけない状況になっていました。
母がグループホーム入所してから、私のストレスは一切なくなりました。
睡眠時間も5~6時間しっかり寝れるようになって!
そして母への態度も大きく変わったような気がします。
今はコロナで直に面会することはできませんが、ビデオ通話で母と話すこともできています。
週3~4回ぐらい会いにいって、おやつ等々も預けています。
母への態度、それは以前の私のように優しく普通に接することができるようになったことです。
それと徘徊もできなくなったので、事故を心配する必要もなくなりました。
※100m先に海岸もあり、「海に落ちたらどうしよう!」という思いも常にりましたから…。
また母から言わせれば、「すぐ近くに家があるのになんでお金を払ってここに住まないといけないのか?」という疑問があったみたいです。
初日に帰宅しようする私に、「○○がここに泊まって私が家で寝る」とも言っていました。
多分、数日したらそれも忘れてしまっていると思います。
認知症の介護の現実を知らない人にとっては、両親をグループホームに預けること自体に疑問を感じる人もいるかもしれません。
まさしく倒れる前の私がそうでした。
でも認知症の介護は自分一人では絶対に無理なんです(断定するわけではありませんが)。
私が書いているブログを読んでくれているなら、介護の厳しさを受け入れてほしいと思っています。
ちなみに脳梗塞で倒れた私ですが、同居する前はなかった動脈瘤も検査によって発見されました。
まだ2mm程度の大きさで、先生いわく「様子をみて大きくならなかったらそのままで、大きくなっているなら手術」と言われています。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


