脳血管障害の私はまだラッキーな人生かもしれない
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私の障害者人生を考えてみた時、まだラッキーだったと思います。
まず第一に私が地下鉄で倒れた時、ちょうど友人と一緒にいたことです。
もし友人がいなければ、もっと病院への通報は遅くなり~今以上に深刻な症状になっていたかもしれません。
「TIME IS MONEY」ならぬ「TIME IS LIFE」です。
そしていろいろ紆余曲折はありましたが、ネット副業に出会うことによって新しい人生を見つけることができたことです。
仮にインターネットで副業をすることを知らなかったならば、私は何もできずボーッと過ごすだけだったかもしれません。
そればかりか、リハビリ(=ウォーキング)も面倒くさくなってやめてしまい、寝たきりになっていた可能性も考えられます。
それと何といっても、家族や親族・友人の手助けです。
手助けがなければ~私一人では何もできませんでした。
家族を含めたいろいろな人の支えがあって、初めて今の自分があるのです。
今、こうして自分の障害者人生を振り返ってライティング(執筆)をしています。
私の人生は、生かされた人生でもあります。
これからも生かされた人生を、悔いのないように生きることが私を支えてくれた人たちへの使命だとも考えています。
そして、「辛い時期もあったけど、良い人生だった。」と思い返せるよう自分自身を鼓舞しています。
また私と同じような障害を持っている方も、このブログを見ていると思います。
自分の人生を悲観することは簡単です。
しかし、それでは生きていても何も楽しくありません。
だったら少しでも前を向いて歩き、「ラッキーな人生」だったと思うような行動を取るべきだと思います。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


