現時点での母の状況について…
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脳内出血体験談
母が近くのデイサービスにお世話になって、3年目になりました。
認知症の母のモットーは、「毎日歩けば元気を保てる」!
そんな時、コロナ感染症が流行り出し…母も施設から出れなくなりました。
しかし今年の3月になって「一緒に外出をしても良い」という許可が、市役所の方から交付がありました。
そして4月、久しぶりに母を連れて、500mしか離れていない我が家へ一緒に帰りました。
今まで毎月3回、定期的に施設へ行き5分間だけ、施設の玄関で話をしていましたが、
これからは母も連れ出すことができるだけでなく、施設の中の母の部屋で一緒に過ごすことができるようになりました。
我が家へ連れて帰った時、母が大好きだったお寿司とあんパンを食べて欲しくて用意していました。
だけど…今までだったらペロッと食べていたお寿司も、半分ぐらいしか食べれなくて…。
あれほど大好きだったあんパンも半分食べただけ。
「お母さん、お寿司もあんパンも大好物なんだから、もっと食べていいんだよ」といっても、「もうお腹一杯」。
それから約2時間、私のベッドに寝かせながらテレビを見てから、施設へ戻りました。
施設へ付くと、母の担当の介護師さんがいたので、気になったことを質問しました。
「お母さん、体重、今どれくらいありますか?」
「私も話そうと思っていたのですが、35kgしかないんですよ。」
介護師さんが言うには、身体は健康なんですが食べ物に好き嫌いがあって…嫌いな食材が出た時はほとんど食べないんですよ。」
3年前の母の体重は40kg、それが今は35kgに激減…。
施設内だけだったら歩くこともできない…その結果、体重が減っても致し方なし、かもしれません。
「でもこれ以上体重が減ったらやばいと思うんです。体力も無くなってしまって、最後には(極端な話)食べること自体も…。」
「そこで提案なんですが、これからは毎日出されるおかずを残したら、あんパンや果物を食べさせて欲しいんですよ。」
「そうすればこれ以上体重も減ることはないだろうし、好きなモノを食べればまた(生きる)意欲が湧くと思うんです。」
介護師に相談した結果、施設が提供するおやつ以外にも購入してもらって食べることを了解してもらいました。
今は体重も安定してきて、少しずつ増えてきました(施設のみなさんのおかげです)。
それともう1つ気になることが…。
どうもうんちやおしっこをしても気付かないで、そのまま寝ることが増えたみたいなんです。
母はシモが非常に固くて良かったのですが、ここにきてついに来たか…という感じです。
もう少し様子をみてもらって、それでもだめだったら介護おむつを用意してもらう予定にしています。
ということで今回は、母の近況報告について話して見ました。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


