脳内出血後に自身の身体で変化した事は何か
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脳内出血体験談
私が脳内出血を起こして、医者は麻痺が残ったり動けなくなるかもしれないとして経過を見ていました。脳梗塞は脳が壊死していきますので他の病気を併発する場合もあります。
脳梗塞や脳卒中など脳出血の原因を調べようとカテーテル検査、つまりアンギオをする事になりました。脳出血した部分が再度出血すると危ないからと言う理由からです。
再出血で障害が残ったり死亡したりする場合があるので、出血した部分はほっておけないと言う事でした。右脳上部のところが破裂しており、すぐそばにも出血する可能性のあるところが1か所あるのがわかりました。
それと脳の正中に奇形がありました。医者の判断は、脳神経内科から脳神経外科に移るべきだというものでした。1か月の間脳神経内科に入院して身体は安静状態が要求され、私も妻が長男と毎日来てくれるのでゆっくり出来たと思っています。
当時の知識では、出血するとその部分は壊死してしまい身体に不具合が残ると思われていました。ところが私は病院のベッドでの生活を普通に過ごしているので医師はおかしいと思っていたようです。
後になって、脳の細胞が壊死して駄目になっても脳の他の部分が代替作用をして動く事がある、と何処かで読みました。たまたま私は脳の代替作用で、重大な支障もなく過ごせているのかもしれないのです。
脳内出血や脳梗塞が起きても、脳の部位により改善するかも知れません。自分の脳をカテーテル検査しますと脳のいたるところに奇形のように血管が入り組んでいて変わった脳だと言う事になりました。
通常にはない余分な細い血管がみられ、血圧上昇によりその部分が破裂したのです。脳神経外科に移ったのですが、落ち着いてしまえば頭痛がする訳でもなく特に薬を飲むこともありませんでした。
しかし顔が晴れて血液がのぼり紅くなり、眼つきが悪くなっていました。ここで大事な点は、次の治療までに再出血しないように暮らす事でした。仕事をするのはまだ早かったので、医者の指示で安静にしていたほうが良いようでした。
治療方法として外科的手術と放射線治療が考えられていました。それでもカテーテル検査の結果で細かい血管の異常が各所に見受けられ一度に治療が出来ない事と、おまけに少しづつ回復しているので、とりあえず今後は外来での治療で診るという事になりました。
結果、脳神経外科はこれ以上は入院していても仕方がないと1か月後に退院しました。合計で2か月入院していた事になります。退院時の注意としては、重いものを持ったり急激な運動で血圧が上昇することがないように、というものだけでした。
幸い心疾患など他の病気はありませんでした。病院の食事で脂モノなどの管理は出来ていたので、家でも気を付ける事にしました。コレステロールの数値は問題なく脳の血管が詰まるであろう恐れもないと思われましたが、問題はタバコです。
私はよくタバコを吸う方でこれも原因であったのかもしれないと今にして思うのです。
ここでは脳梗塞の場合は、私としては脳神経外科、脳神経内科以外に内科で血液をサラサラにする薬をもらったりサプリメントを服用するのも良いでしょう。脳の他から攻めて改善していくのも意外と役に立つのではないか、予防する、改善するつまり治療すると言う事も考えて頂きたいと思っています。
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ボバース記念病院での貴重な体験は、私の中で色あせることはありません。
ちなみに私は3ヶ月に1度、今でもボバーズ記念病院に通院しています。


